ひとつの誠実な問いが、ひとつの学問である、2026 年ラスカー賞から読むひとつのレッスン
Yanagisawa は、自分が睡眠に辿りつくとは思っていなかったと語る。当時彼が追いかけていたのは、何によって活性化されるか誰もまだ知らない、一群の受容体だった。三十年後、彼は今年のラスカー賞を受け、その研究からはひとつまるごと新しい薬のカテゴリーが生まれている。これは「情熱を保ちなさい」という物語ではない。二十年前に投げたひとつの問いは、その答えが将来何のために使われるかを、あなたに教えてはくれない、という物語である。
Nicoletta Lanese による『「アメリカのノーベル賞」は睡眠と血友病の研究者、そしてパーキンソン病提唱者の Michael J. Fox に授与された』(Live Science, 2026) を読んで。原文を読む →
2026 年のラスカー賞は 9 月 9 日に発表された。三つの部門、三本のまったく違う研究の道。並べてみると、「科学ニュース」というよりも、三つの時間についての物語のように読めてくる。
第一部門、基礎医学研究賞は、筑波大学の Masashi Yanagisawa と、スタンフォード大学の Emmanuel Mignot に贈られた。二人はそれぞれ独立に、オレキシンという小さな神経ペプチドを発見した。この物質は、脳の奥にある視床下部の一群の細胞が作り、私たちを覚醒させ続ける鍵のひとつだ。それを作る細胞が失われると、人は起きていられなくなる。これがナルコレプシーの中心的なメカニズムでもある。
ここでいちばん聞き取っておきたいのは、Yanagisawa 本人の言葉だ。「まさか自分たちが睡眠に辿りつくとは思っていなかった」。当時の彼らは「オーファン受容体」と呼ばれる一群、存在は分かっているが何が活性化させるかは誰も知らない受容体を追いかけていた。彼自身の言い回しでは、それは「生化学の釣り旅」だった。五番目か六番目の受容体で当たり、そこに嵌まる小さなペプチドを釣り上げ、そのペプチドを追って視床下部へ、そして覚醒の仕組みそのものへ辿りついたのだ。
Mignot は真逆の方向から入った。彼は、突然倒れてしまう犬の系統を追いかけ、その犬たちに何が欠けているかを探していた。欠けていたのが、まさにオレキシンだった。二本の長距離走が、数年のうちに合流する。この仕事が最高の賞に届いたのは、ある日の稲妻のような閃きがあったからではない。二人の科学者が、まるで違う問いのうえを、それぞれ何年もかけて誠実に歩き、途中で出会ったからだ。この研究は、まったく新しい不眠症薬、そしてより新しくはナルコレプシー治療薬のカテゴリーをも生んだ。
第二部門、臨床医学研究賞は、日本の中外製薬の三名、Kunihiro Hattori、Takehisa Kitazawa、Tomoyuki Igawa に贈られた。彼らは、血友病 Aを治療するためのエミシズマブという二重特異性抗体を作った。この病気では、遺伝子の変異により、身体が凝固因子 VIII を十分に作れず、血液が正常に固まらない。彼らが作った抗体は、片方の腕で第 IX 因子を、もう片方で第 X 因子をつかみ、両者を引き寄せる。そうして、本来は真ん中で橋渡し役を果たすはずだった第 VIII 因子の役割を代行する。
Hattori がこのアイデアを立ち上げたのが 2000 年。26 年後、この薬は 100 以上の国で承認され、3 万人を超える血友病 A の患者が使ってきた。そのなかには、ちょっと動いただけで内出血するので体育の授業に出られなかった子どもが、初めて仲間と同じように体を動かせるようになった例がある。週に二度、点滴に何時間もかけていた大人が、その時間を家族に返せるようになった例もある。あなたはそれをフィードでは見ないだろう。しかし、この抗体の形のおかげで、何万もの日常が違うかたちを取ってきた。答えが意味を持つまでに 26 年、というのは、とても長い時間だ。
第三部門、公共サービス賞は、Michael J. Fox に贈られた。俳優。29 歳のときに若年性パーキンソン病、つまり神経変性疾患の一つと診断された。37 歳で公表。2000 年に、Michael J. Fox パーキンソン病研究財団を設立した。この財団はこれまでに、パーキンソン病研究に対して累計 30 億ドル以上の資金を投じてきた。
この三段の話を並べて聞こえてくるのは、「科学には根気が要る」という古い言い回しではない。もっと別のことだ。
二十年前に投げたひとつの問いは、その答えが将来何のために使われるかを、あなたに教えてはくれない。
Yanagisawa が知りたかったのは「このオーファン受容体を活性化させるものは何か」であって、「ナルコレプシーをどう治すか」ではなかった。Fox が望んでいたのは「これからも役者を続けること」であって、「三十年かけて、年間数億ドルを動かす研究財団を立ち上げること」ではなかった。二人とも、狙っていなかった場所に辿りついた。歩みを止めなかったからだ。
これは、卒業式のスピーチでよく耳にする「まず情熱を見つけて、それから始めなさい」という物語とは、形が違う。この三つの物語では、情熱は誠実な仕事のあとにやってきた。前ではなく。Yanagisawa は最初、睡眠研究者ではなく化学者だった。ラットの脳から釣り上げたあの二つの小さなペプチドが、彼を睡眠研究者に変えた。Fox は最初、提唱者ではなくシットコムの俳優だった。29 歳の診断が、時間をかけて彼を、この病の共同体全体がやがて頼るような人に変えていった。
だからひとつ、持ち帰れる動きがある。
いま、あなたのなかで気になっているひとつの問いがある。あまりに具体的すぎたり、あまりにマイナーだったり、まだ答えがなさすぎたりして、他人にはうまく説明できない、その種の問い。それを、書き留めておいてほしい。二十年後にも見つけられる場所に。「役に立つ」と証明する必要はない。
ひとつの誠実な問いは、そのままひとつの学問だ。その答えは、何年か先に、それが誰のためのものだったかを、あなたに教えに戻ってくる。
### 立ち止まって考えたい問い
1. いま気になっているひとつの問いのうち、まわりの誰も面白いと思ってくれないものがあるだろうか。それを、二十年後にも見つけられる場所に書き留めよう。
2. あなたが知っている一人を思い浮かべてほしい。若い頃の、ほんの小さな気がかりから、大人の仕事全体が伸びてきた人。振り返って、その人を「運がよかった」と読むだろうか。それとも、「問い続けた人だった」と読むだろうか。
3. いま手を動かしているこの小さな仕事が、十五年後に、それが開いた一本の道のおかげで大切なものになるとしたら、その道はどこへ通じていてほしいだろう。
出典: Nicoletta Lanese